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執着について

 投稿者:KUON  投稿日:2009年10月30日(金)01時32分0秒
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  <執着>についてちょっと考えて見ましょう。

全部話すときりがないので、ヒントということで書きます。自分なりに考えてみてくださいね。

物事に執着するとき、私達は宇宙からのエネルギーを制限してしまいます。そして大体において大宇宙の御心のままに、ありのままに、という姿勢から遠ざかっていきます。

私達がここに生まれてくるのはたくさんのいろんな執着がしこりのようになって現象化したと言ってもいいかもしれません。

こういう結果を出さないといけない、こう振舞うのが当然、それがないと困る・・・などなど。また、前世からの満たされない思いなどから、今回は絶対にうまくやってやるという思いがあります。これも、言って見れば希望通りの望む状態に執着しているわけです。

私達が色んなことに執着すればするほど、それによって振り回されていきます。

お金に執着すれば、それを得るためや失わないためにほとんどの時間やエネルギーが使われます。
健康であることに執着すれば、食べるもの、薬、サプリ、運動などに巨額のお金と意識を集中させないといけなくなります。
出世することに執着すれば、何が何でも達成するために色んなもの(健康や家族)を省みなくなったりします。

子供に執着すると、親である自分の人生がなくなって、やがては自分を満たすための子供という存在になってしまいます。老いてから面倒みてもらうのが当然というような思いが生じてくるわけです。

恋人に執着すると、相手の自由ばかりでなく、自分の自由もなくしてしまい、息苦しい関係が生まれ、それは依存しあう形でお互いにエネルギーを搾取しあうようになってしまいます。

では、執着する心からどうやったら自由になれるんでしょうか?求めてはいけないんでしょうか?望む結果を描いて達成するための努力は無駄なのでしょうか?

執着するということは、ちょうど蒔いた種をずーっと芽がでないかな、芽がでないかなといつまでもいつまでも見続けているようなものです。

そりゃいつかは芽が出て花が咲くでしょうが、ずっとそれを思い見続けたからといって花が咲くわけではありません。時々チェックして、水をあげたり、肥料をあげたり、だけど、本当に育ててくれるのは、太陽であり、地球の土の栄養だったりするわけです。

つまり、そういうほかの偉大なるパワーがちゃんと働いてくれてうまくいくよということを信頼しさえすれば、もっと楽な氣持ちでそれが芽を出すのを待っていられるし、もっと他のことをして楽しむことができる。

でも、執着があるとそれに縛られてしまうのです。同時に大きな力が働いてうまく行くに違いないから大丈夫!という安心感からも遠ざかって行きます。

スピリチュアルなことをお勉強している人達によくあるのは、自分の変革のためにせっせと本を買い、セミナーに通い、高額のグッズも買い、・・・とするけれど、あまり変化が起きない。いつも同じ所を堂々巡りしているような感じの人。(ちゃんと種を蒔いたかな?)

これは自分に執着しているということです。ちょっと変に聴こえるかもしれませんが、自分自身に対して「こうなるべき」という結果に執着しすぎている状態です。自分をありのまま愛するということでずっとうろうろジタバタしている人は、自分を愛したらこうなるだろうというような結果に執着しているから、結局今の自分を愛せないでいます。どうあろうともOKにすることができないでいるということです。

さっきの話しと同じですが、良い種を蒔いたら、後はお任せするという態度はとっても大切だと思うのです。

宇宙は自分を愛してくれている!(自分がどれだけ自分を愛しているかに比例します)そして、自分はいつも見守られているんだ、導かれているんだ!だから絶対大丈夫!

そういう氣持ちを忘れて、「後どれくらいしたら、芽が出て変われるんだろう・・・」、「いったい後は何が足りないんだろう・・・」「どうすればいいんだろう・・・」ということばかりを考えているのは自分に執着していて宇宙をまったく信頼していないのです。

再度心に是非とめておきたいのは、「私達は生かされて生きている」ということです。

そう、生かされているんです。勝手に自力で生きているわけではないのです。だから十分に助けられているし、宇宙の力を信頼して絶対に良い方向に行っているんだという確信が強ければ強いほど、宇宙の力がすっと入ってきて力を貸してくれるわけです。もう何物にも代えられないくらいの凄い愛が注がれているわけですね。ありがたいですね。

執着を取れというのは無理かもしれません。でも、自分で自覚してバランスをとらないとがんじがらめになってしまいます。そのバランスをとるということが学びです。結局は執着しなくなるということ。

考えても見てください。普通に手に入るもの、あるものに執着しますか? このままであってほしい、変わってほしい、こうあってほしい・・・その結果を執拗に求める・・・それが執着です。

ありのままを愛します!と言っておいて、「早く変わって欲しい」それはないですよね(笑)

肉体を持つというのも執着だし、生きるというのも執着です。だけど、宇宙に支えられている、自分の本質である神様がちゃんと導いてくれていると信じると、色んな事を心配する必要がなくなります。どうあろうとうまく行っているのだから。(妥協ということではないですよ)

もし、自分がなんとしてでも成し遂げたいことがあるのだったら、それに向かって進めばいいと思います。だけど、宇宙がサポートしてくれて、必ず良い方向に行っているんだと肩の力を抜いてスキップしながら進まないといけませんね。楽しむと早く進んで行けるのですから。

ちょっと話しが色々になりましたが、自分がどんなことに執着しているのか見てみましょう。そして、本当にそれが必要でどうしてもないといけないと思うのは何故か考えてみましょう。

執着のもっと奥になるものは何でしょう?何を求めているからそんなに執着するのでしょう?

執着するという自分を責める必要はありませんよ。それに氣がつくこと大切だと思います。そして、その芯にある願望は何であるのか探ってみてください。

参考になったかな・・・・。          ではでは。

http://www.kuon358.com

 
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