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首藤市長が「職員への市長メッセージ」(8月29日)の中で、市役所の「組織風土を高めよう」と職員に呼びかけている。
1.私は20年間、会社経営に携わってきた。その中で、企業業績UPや企業発展のヒントを求めて稲盛和夫氏の「稲盛塾」に参加したり、ビジネス誌を読んだり必死に考えた。たどり着いた答えは組織全体を通底する「組織風土」だった。
2.目指す山頂(業績アップ)に向けていくらでも登山ルート(仕組みや制度)はある。①メンバーの体力や天候(会社規模や景気等)などによって考えうる中でのベストのルートどれかという判断は必要。だが、それは最終的に事の成否を決めるものではない。②大事なのは、この登山ルートを経て必ずや山頂に到達するんだという登山隊員全体の確固たる意志である。それこそが、私がいうところの企業風土なのです。
市長が職員に求めているのは上記②の部分である。①よりも②が重要だとする首藤市長の考えでは、目的が大きく、困難になればなるほどうまく行かないだろう。組織のリーダーは①の方を重視すべきである。
『八甲田山死の彷徨』(新田次郎)を読んでほしい。日露戦争前、青森5連隊の雪中行軍隊が吹雪で道を失い、199名の犠牲者を出してほぼ全滅した事件を描いた小説である。本来の指揮官である神田大尉を差し置いて、上官の大隊長・山田少佐がこのルートを経て必ずや帰還できるんだという確固たる意志の下、「前進!」と命ず。 命令が軍隊全体を通底し前進する。その結果全員が道に迷い死に至る。一方、同時に雪中行軍した弘前31連隊の雪中行軍隊はメンバーの体力や天候などによって考えうる中でのベストのルートどれか、事実に基づく協議と、正しい判断によって、無事に八甲田山を踏破し全員生還した。
首藤市長が職員に要求する「全員がこの登山ルートを経て必ずや山頂に到達するんだという登山隊員全体の確固たる意志」だけでは物事はうまく行かない。うまく行くのは、たまたま天候常態(会社規模や景気等)と登山ルート(仕組みや制度)の組み合わせ選択が、正しい場合だろう。選択を間違った登山ルートでは、全員の確固たる意志の力があっても成功しない。成功の鍵は「ベストの登山ルート」の選定と「最悪の事態を想定した万全の対策」である。
さて、首藤市長のこれまでの言動から見て、職員に求める「組織風土」の実体は、「登山ルート(方針・施策)を決めるのは市長。全ての職員は、それを信じ確固たる意志で追随せよ」と言うことだろう。首藤市長は、このメッセージの最後で「市役所のさらなる風土改革を延岡市全体に広げよう」と述べている。既に、首藤市政でそれは実現している。市長たちは、先ず延岡市の地域医療問題の「解決のルート」は、「地域医療を守る条例」だと定める。職員・医療関係・マスコミ・市民の全てが、それを信じ運動を展開している。しかし、4年を経ても地域医療は崩壊したままである。また、市長たちは延岡市の「発展ルート」として巨額の新市庁舎建設を決める。権力者である市長の「ルート設定」の間違いは全庁・全市に及ぶ。洞察力なき無能なリーダーが組織を駄目にする。
さて、首藤市長は「経営感覚を行政へ」と唱え、文具店「スドー」での経営・経験を市役所の組織運営に適用しようと意気込む。「組織風土」を高めようと職員に訓示する。「スドー」は宮崎県・延岡市・宮崎市などの自治体、旭化成など事業所、宮崎医科大学・九州保健福祉大学・小中高校・各種学校、国土交通省など国の機関に事務機器を社員15名で売り込む販売会社である。利益優先・単一機能・少人数の「スドー」では全体を通底する「組織風土」を作るのは可能だっただろう。価値観が合う単一タイプの優秀な社員だけ集まれば事足りるだろう。
市役所は違う。利益目的の小集団ではない。多種多様な市民社会の要請に連動する巨大な多機能組織である。首藤市長は社員15名の単機能・小会社の成功体験を引きずり、職員1300人の複合機能・集団に準用しようとする。
もう一つ重要な違いがある。首藤正治「社長」は社員の雇用主である。「スドー」も社員も自分の意のままになる存在である。しかし、首藤正治「市長」は「職員」や「市民」の雇用主ではない。逆に、市民のために汗を流す「公僕」として税金で雇用されている立場である。「スドー」社長は価値観の合う有能な採用社員15人だけの幸せを考えればよい。だが、延岡市長は価値観や有能・無能に関係なく市民130,000人すべての幸せを考える義務がある。
首藤市長は「スドー」における社員との関係を、職員や市民の関係にまで引きずっているようだ。集会や文書を通じて、上から目線で職員や市民に自分の考えや価値観を植えつけようと教え垂れるだけの教主のように映る。「スドー」を意のままにしたように、市役所も延岡市も単一の価値観『組織風土』で一色に染めるようと考えているようだ。
首藤市長の「組織風土」は、トップの間違いに全員が従う全体主義にも通じ、全市民を不幸にする危険性を孕む。
しかし、首藤市長にとっては、「ルートの決定は私。異論や議論は存在せず、全ての職員・市民が確固として決められたルートを実行する『組織風土』の確立」は、市政の私物化とも言うべき極めて都合のよい状況を生む。市民のためとして自己都合・自己利益の「ルート決定」をしても、職員と市民は異論を唱えず、黙々と「市民協働」の汗を流す。ところで、首藤市長はどのようにして「組織風土」の悟りを開いたのだろうか。市長が尊敬するケネディ大統領、アップル社のCEOスティーブ・ジョブズ、あるいは市長がよく名前を出す京セラの稲盛和夫会長の影響なのか。いずれも違う。市長はそのことに触れないが、「倫理法人会」の教えから生まれたのではないかと思う。 〔続く〕
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