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フジペット懐かしいです

 投稿者:大野安雄メール  投稿日:2008年 1月10日(木)00時09分2秒 softbank218128090073.bbtec.net
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  昔のカメラ関連を検索中にお目にかかりました。懐かしく読ませていただきありがとうございます。
私、62歳の男性です。写真業界で生きてきて、ちょっと早いですが団塊の世代といったところで、今は趣味でカメラの世界におります。
フジペットの記事に懐かしく、感想をお送りさせていただきますが、退屈になりましたら消してください。
昭和36年、高校に入学し、ひょんなことから写真部に入って面白くなり、そしてマイカメラが欲しくなって母親にねだりました。私は先輩たちが使っている、クロムメッキが輝く、35mm(本物のカメラ)をねだっていたのですが、母がいとも簡単にOKしてくれたのにものすごく不安を抱きました。当時、うちは結構貧乏だったので1万円より高いカメラを母がすんなりOKしたのが・・・。
あくる日カメラ店にいって、これ買ってあげる!といわれたのが、「フジペット」でした。
(当時)これでは写真部ではまるでガキ扱いです。母はちょっとメカ音痴、写真機のピンキリも分っていなかったのでしょうね。気前のいいとこ見せたのでしょうが・・・。
違うといってねだったのがヤシカミニスター。
当時2.8レンズで16000円くらいだったでしょう。フジペットの約10倍。母の驚き今でも覚えています。
なんだかんだと説得し、資金はアルバイトなどなどで返すと約束して、借用証書まで書いて、夏休みについに手にしたのがヤシカミニスターでした。
結局、母からの借金はほとんど返さないままでしたが、私のその後の写真人生につながりっていきました。
そんな変な経過があったので「フジペット」はよく覚えております。高校の時には勉強よりも写真が好きで、数学の公式よりも市場カメラのスペックのほうが面白かったころです。
「フジペット」は確か「アサヒカメラ」にも取り上げられたと思いますが、6×6サイズながら少しでも周辺画像を良くするなどで、レール面を湾曲させるなど、設計者の方のぎりぎりまでの追い込みがあったと覚えています。
当時の私の不満とは逆に、お説のようにフジペットの入門機としての役割は見過ごせませんね。まさにお説の通りと思います。
TTL一眼レフが当たり前になったころでも、アメリカの公立写真学校では、露出計無しの一眼レフを使わせていたそうです。
それはともかく、さすがに高校写真部員ではフジペットは使えなく、ヤシカミニスター、ミノルタSR1,そして写真専門方面に進んでペンタックスと・・・。現在はデジタル一眼に至りながら、撮影以外では往年の懐かしい名機を手にしながら、皆様方のすてきな情報を楽しませていただいています。
当時、知りえなかった「フジペット」のスペック、操作方法、逸話にも触れることができて、ついつい、感想を送らせていただきました。
今晩これから、書ききれなかった往年の思い出とともに惰眠にふけらせていただきます。
また、面白い情報を楽しみにしております。
ありがとうございました。
 
 
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